〝福音宣教とは視座変えること〟 宣教学会で本田哲郎神父が講演 2015年8月8日

 日本宣教学会(小田武彦会長)は7月4日、第10回全国研究会・第11回総会を関西学院大学梅田キャンパス(兵庫県西宮市)で開催した。牧師や研究者らが参加した。

 「私たちは何を宣教するのか?」と題して基調講演を行ったフランシスコ会司祭の本田哲郎氏=写真=は、「大阪釜ヶ崎で日雇労働者から学びつつ聖書を見直し続けている」と語るように、貧しい人々、小さくされ抑圧されている人々の視座から学び活動するカトリック司祭。

 第一に「福音」と「キリスト教」を区別して、宗教的組織や習慣を伝えるのか、それとも「福音」すなわち抑圧からの解放としての正義・平和・喜びを伝えるのか、と参加者に問いを投げかけた。福音を宗教としてのキリスト教から切り離して考える必要があると訴えた。そのためにも、ギリシア語メタノイアを、悔い改めと翻訳していることは間違いであり、むしろ視座が移ることであるとした。

 信仰義認論については、「口先だけで信じることで救われるのでなく、信仰の実践の中でこそ、パウロの語った意味、イエスのように生きる意味を理解できる」とした。また、「天国へ行けますように」という祈りが「御国が来ますように」という主の祈りとは相反する点を指摘。キリスト教がしばしばアジア・アフリカの伝統文化や宗教を軽視し破壊してきた点に言及し、従来の宣教理解に疑義を呈した。

 第二に「宣教は種蒔きか、刈り入れか」として、種蒔きはすでに神によって行われていることを教会が謙遜に受け入れるべきであるとした。神の子が受肉したことで種まきは為されており、宣教とは受肉の神秘をすべての人々の存在に見出して、人間を大切にすることであるとした。

 最後に、福音宣教とは視座を変えること、特に社会において小さく抑圧された人々と連帯し共に歩むことであると結んだ。

 会場からはプロテスタントの立場から活発な質疑応答がなされた。午後からは、総会と四つの研究発表の時間がもたれた。

 

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