【映画評】 グアンタナモの倫理 再監獄化する世界(4) 『モーリタニアン 黒塗りの記録』 2021年10月29日

「抜かりなく、徹底的に、やつを死刑へもっていく」
 そう部下へ檄を飛ばす米軍中佐。
 
「無罪かどうかは関係ない。拘禁の不当性を認めさせるだけ」
と助手を叱咤する辣腕弁護士。

 米軍がキューバ島東部に置くグアンタナモ湾収容キャンプへ収監されたひとりのモーリタニア人をめぐり、真っ向から対立するふたりの人物。演じるのは、日本で公開される映画としては8年ぶりの出演作となるジョディ・フォスターと、『ホビット』3部作や『アベンジャーズ』シリーズでいまやハリウッドを代表するスターとなったベネディクト・カンバーバッチ、そして質実な出演履歴を重ね演技派として知られる名優タハール・ラヒムだ。

 収監されたモーリタニア人モハメドゥ・ウルド・スラヒは実在し、彼のグアンタナモへの拘禁は2003年から2017年までの実に14年2カ月に及んだ。オバマ政権がその当初からグアンタナモ閉鎖を公約したにもかかわらず、在任8年を終えても達成できなかったことはよく知られる。スラヒはオバマ政権時の判決により釈放が確定した後も、さらに7年にわたって不当に拘留され続けた。本作は、グアンタナモ収容所の存在自体がもつ法秩序からの逸脱ぶりを赤裸々に描き出すことで、現代国際政治が拠って立つ正当性そのものを問う秀作社会派映画となっている。

 物語上の最大の鍵となるのは、検事の責を負う米軍中佐スチュアート・カウチが映画中盤に行う、ある決断である。カウチ中佐の戦友のひとりは、2001年9月11日アメリカ同時多発テロでニューヨークのワールドトレードセンター南棟へ突入したユナイテッド航空175便のパイロットであった。映画の序盤では、敬虔なキリスト教徒である彼が日曜の教会で、礼拝の後、戦友の妻と会話する場面が登場する。戦友の妻は語る。「夫は〝教会より操縦席のほうが神に近い〟と話していました。175便にいらした神は今あなたと共におられる」。 ふたりは固く抱き合い、カウチ中佐は死刑実現への決意を新たにする。

 一方、主席弁護に立つナンシー・ホランダーは、有力弁護士事務所でもパートナーを黙らせる実力をもちながら、若いころにはベトナム反戦デモで3度逮捕された行動力をそのままに、プロボノ(無料奉仕)の仕事にも熱心な人権派として描かれる。若くして名声の頂点を極め、近年は監督業での評価が高く出演作を減らしたジョディ・フォスターの本作と向き合う覚悟は、その鋭さ際立つ演技からもよく伝わる。

 対極の方向性により収監中のスラヒと向き合うこのふたりが直接対峙する場面は、共にグアンタナモ入りする中盤を待たねばならない。テーブル越しに対面し、ホランダー弁護士の姿勢を「イグナチオ的だ」とカウチ中佐が評する会話は印象的だ。軍人のあなたがそれを言うのかとホランダーは一瞬おどけてみせるが、道義にも法にも背くことが明白なその場所で相対するふたりが共有するのはまさに、〝教皇の精鋭部隊〟と呼ばれるほど厳格な規律を定めたイグナチオ・デ・ロヨラがそうであったように、法の支配を擁護するという信念なのだ。

 本作は、世界的ベストセラーとなったモハメドゥ・ウルド・スラヒの著書『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』に全編を基づく。スラヒ収監中の2015年に刊行された本書は、当局による手記への大量の墨塗りがそのまま活字の■で印刷・出版されたことでも話題を呼んだ。その冒頭部に綴られる編者はしがきによれば、カウチ中佐は2009年のインタビューで、何カ月も関連の情報と格闘した後のある日曜日、教会へ赴き、洗礼式で唱えられる聖句を聞きながら以下のように思ったと答えている。

 ええ、そうなんです。日曜日に教会にやってきて、キリスト教徒としてあらゆる人の尊厳を重んじるという教えに賛同し、世の中の平和と正義とを追い求めると宣言しておきながら、ああいう種類の証拠を用いて検察の仕事を進めることなどできやしない。そのときなすべきことを悟りました。中立の立場を降りなければならない、と。

 カウチ中佐は調査を進める中で、グアンタナモで行われている尋問に疑問を抱き始め、違法な拷問を確信すると自ら任を降りる。映画ではこの決断が教会ではなく、上官との駐車場での対話において為される。「私たちは軍人になる時、憲法を擁護すると誓ったはずなのに、反対のことをしている」と言うカウチ中佐に対して、「お前は裏切り者だ」と上官は吐き捨てる。この時、カウチ中佐へ感情移入する大半の観客にはこの上官が愚かに思えるだろうが、上官の発言も実のところ誤りとは言い切れない。殺戮を究極的な職能とする軍隊の行動原理は非常時を想定したものであり、平時の倫理や遵法精神をすべての前提に置くのは軍人や政治家の役割とは真逆の怠慢とさえ言える。

 この場面を観た時、筆者の脳裡には、沖縄戦において衛生兵として超人的な働きを残した実在の軍人デズモンド・ドスを主人公とするメル・ギブソン監督作『ハクソー・リッジ』が想い起こされた。

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 軍規を超え、聖書に示される神の愛の実践者であり続ける道を選んだ結果として、青年デズモンド・ドスは第二次世界大戦全体を通じ名誉勲章を受章した唯一の良心的兵役拒否者となった。1993年ソマリアにおける米軍の作戦失敗を描くリドリー・スコット監督名作『ブラックホーク・ダウン』終盤では、惨劇の渦中へと自ら望んで戻る特殊部隊員(エリック・バナ扮する一等軍曹)が、自発的に戻る理由をただ「仲間を救うため」だと語る。両者に共通するのは軍の規律よりも己の規範に従った行動で活路を切り拓いた点であり、規範の源泉に神の超越性を置くか、傍らに息づく仲間との関係性を置くかの点で互いに異なる。カウチ中佐の決断は前者に由来する。

 オバマ政権が公約しながら閉鎖できなかったグアンタナモ湾収容キャンプは、アブグレイブ刑務所における米軍の捕虜虐待の前景として冷戦期から横たわり、米国主導の資本主義世界が基盤とする力を最も醜悪な形で露出させ、コロナ禍下の2020年に頂点へ達したBLM(ブラック・ライヴス・マター)運動と対峙的に響き合っている。ここで興味深いのは、『モーリタニアン 黒塗りの記録』のもうひとりの主人公であるスラヒが〝アフリカ〟の〝アラブ人〟である点だ。BLM運動は言うまでもなく黒人差別を背景とし、奴隷貿易の歴史をルーツとするが、西アフリカのモーリタニアで〝捕獲〟され、キューバ島へと強制連行されるスラヒの道行きは、皮肉にも非黒人でありながらこの交易路をトレースする。

 スラヒの著書『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』は英語で書かれた。この英語はグアンタナモ拘留中、主に看守の軍人らとの交接から学ばれたものだ。10代で奨学金を得てドイツへ留学したスラヒの手記においては、軍人らとの会話をめぐりナチスがユダヤ統治に用いたスローガン「労働は汝を自由にする〔Arbeit macht frei.〕」のフレーズさえ登場し、愚かなテロリスト容疑者と見下す周囲の誰よりもその実スラヒは知性に富んでいる。大西洋の奴隷貿易をめぐる一般の理解において、《西アフリカの知識人》の存在はなお看過されがちだ。奴隷解放後においてさえ、南部の元奴隷は無知で無教養な黒人《でなければならない》。あるいはカリブの奴隷反乱や中南米の独立闘争においてさえ、各所で民衆を牽引した黒人が知識人《であるはずがない》。ましてやブードゥ的世界観とひとくくりに蔑んできた精神文化のうちに、黒人でもクレオールでもないアラブの知の伝統など《あるわけがない》。しかし中世以来アフリカ西部沿岸域に富をもたらしてきたのがアラブ系商人の働きであったことを思えば、スラヒに対するアメリカ軍人の一見短絡的な侮蔑には、このように無自覚の錯誤の襞が幾重にも織り込まれているとも考えられる。スラヒはその著書で、看守や尋問官らが仲間以外を人間としてさえカウントしない好例として、奇しくも『ブラックホーク・ダウン』を例に挙げている。

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 興収数億ドルにのぼる娯楽大作への出演が常態化したベネディクト・カンバーバッチは、一方で自ら映画制作会社を設立し、市場規模は小さくとも質実で社会的意義のある映画作りにも意欲を燃やす。『モーリタニアン 黒塗りの記録』はそのような達成の一つであり、ジョディ・フォスターや、いまや世界の名匠たちから出演を熱望されるフランス人俳優タハール・ラヒムが本作のオファーを受けた理由も、ギャラの額などとはおよそ無縁だろう。本稿は「再監獄化する世界」と副題づけた記事群の後続回を意図したが、殊に第2回で扱った諜報テーマの6作品とは実在人物をモデルとする点、組織の論理よりも個の倫理に従う人物が中軸を占める点で相通じるものがある。

 スマホ画面に目を落としマスクで口を塞ぎ、無駄な接触を避け足早に寡黙に街を行き交う人間の群れは一層、かつてオーウェルが『動物農場』に描いたような家畜のそれへと漸近し、街角の監視カメラどころかいまや個々人のスマホカメラやSNSアカウントを通し日々自動生成されゆく相互監視のシステムは、過去のどの全体主義国家も達成し得なかった水準で人々の生を管理し始めている。バイデン現米国大統領は、任期中のグアンタナモ閉鎖を宣言した。しかし収容所とは本当のところ、何なのか。そこを明らかにしないまま為される閉鎖は恐らく、人知れず新たなそれを生むだけに終わるだろう。カンバーバッチらの眼差す〝意義〟の一面を、筆者はそのようにみる。

「いや、私は三位一体について真に理解しているわけではない。調べたり、専門家に尋ねたりしてみよう」
「それがいい」と私は言った。「でも、理解していないものをどうして信じられるんです?」
「理解しているけれど、説明できない」というのが■■■■■■の返事だった。
 私は「それじゃ、つぎの話題に移りましょう」と提案した。「あなたの宗教によれば、私はどうあっても破滅するらしい。でも、イエス・キリストを知る機会に恵まれないアフリカ奥地の部族なら、どうなるんです?」と私は尋ねた。
「彼らは救われない」
「悪いことをしていないのに?」
「彼らが苦しむことには不服だけれど、私の宗教ではそういうことになっている」
「なるほど」
「イスラムの場合はどうなる?」
「コーランには、神は、まず使いを送って教えを授けるのでなければ、人を罰することはないと書かれています」

(ライター 藤本徹)

『モーリタニアン 黒塗りの記録』 “The Mauritanian”
公式サイト:https://kuronuri-movie.com/
10月29日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

*参考引用文献:モハメドゥ・ウルド・スラヒ 著、中島由華 訳『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』(河出書房新社)

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