【宗教リテラシー向上委員会】 厳粛さと熱狂のはざまで 波勢邦生 2018年2月21日

 先月末の夜9時前後、空を見上げる人々を見かけたかもしれない。いわゆる皆既月食「スーパーブルーブラッドムーン」である。国によっては百数十年ぶりの観測であり、世界中で多くの人々が空を見つめた。京都はあいにくの曇り空、赤胴色の満月が欠けると同時に、その光はにじんで暗灰色に隠れてしまった。

 翌日、検索すると、世界各地で撮影された膨大な量の写真と共に、人々のことばや反応がSNSのタイムライン上を流れていく。

 一つ興味深い話を見つけた。インドネシアのキリスト教徒たちの間で流れている噂である。あの夜、ある少年が空に天使を見て、別の人々が啓示を幻視した。この天変は、黙示録に預言された世界的破局の予兆だという。第三次世界大戦が起きて、無数の核ミサイルが米国へと飛んでいくイメージを見た人もいた。にわかには信じがたい話であるが、これもキリスト教の一側面である。

 別の話で言えば、南アフリカ共和国の自称預言者(Self-styled Proph―et)レスボ・ラバラゴ氏( Lethebo Rabalago)は、現地で販売されている殺虫剤「ドゥーム(Doom)」をHIVやがんの患者に吹きかけることで治療が可能であるとして、実際に多くの信者に噴射し、暴行罪や農 薬使用に関する罪状などで訴追、逮捕された。現在、係争中である。彼は2016年にも同様の事件を起こして逮捕され「Doom prophet」のあだ名を得た。

 宗教にはさまざまな側面がある。心理学者ウィリアム・ジェームズ(1842~1910)は『宗教的経験の諸相』の第三講「見えない者の実在」で、人間が強い記憶を思い出して反応するように、宗教的な観念や概念が人間に強い作用を及ぼすものだと論じている。

 いわく「人間の宗教は、人間の存在が収縮するような気分と、人間の存在が拡大するような気分との両者を含んでいる」。従って「宗教の本質として、恐怖と服従を主張してもいいし、あるいは、平安と自由を主張してもかまわない」。結果、宗教がもたらす生活態度は「厳粛」か「熱狂」のいずれかとなる。

 先の二つの事例は「終末」や「奇跡的治癒」という概念への信仰が人々に熱狂的に作用したものだ。人はセンセーショナルなものに惹きつけられてしまう。一方、厳粛ながらも喜びに満ちた側面も宗教にはある。

 2月4日、シリア正教会の総主教イグナティウス・アフレム2世は、政治的・宗教的過激派組織らが武力衝突し、廃墟となったデリゾール県の聖母マリア教会で、解放後、最初のミサを開催した。戦時の大義名分となる宗教は、同時に、戦後の瓦礫 の中で立ち上がる力ともなり得る。「平和」や「復興」という概念もま た力を持ち得るのだ。

 地球そのものがネットワーク化されつつある現在、皆既月食に限らず、人は見たものを発信し、その引力が時勢を形成していく。無数の画像や印象の連鎖が、両極端なことばと共に拡散されて人々の間に反発を生む。活版印刷技術は宗教改革の前提だったが、ルターの「万人祭司」という概念は、各人がスマホを持てるようになって、ようやく技術的出発点に立った。インターネットは宗教にどんな影響を及ぼすのだろう。

 オンラインを縦横無尽に錯綜するそれぞれの厳粛さと熱狂のはざまで、人類という主語で「概念」を信じて互いに語り合うことばが各宗教に求められている。

 殺虫剤を噴霧せず、破滅を夢見ることなく、人々と安全に夜空を見上げる生活を守り、社会を耕す目に見えない祈りの力。宗教が、社会の隣人足り得るための「概念」を考えている。

波勢邦生(「キリスト新聞」関西分室研究員)
 はせ・くにお 
1979年、岡山県生まれ。京都大学大学院文学研究科 キリスト教学専修在籍。研究テーマ「賀川豊彦の終末論」。趣味:ネ ット、宗教観察、読書。

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