【映画評】 炎上と崩落のさきで 『ノートルダム 炎の大聖堂』 2023年4月7日

 2019年4月15日のパリ・ノートルダム大聖堂火災は、出火直後から消火作業が難航し、中央の尖塔が崩落する模様は全世界へ生中継され人々に衝撃を与えた。本作は、その監督履歴に『薔薇の名前』や『愛人 ラマン』、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』をはじめ名だたる傑作群をもつフランス映画の巨人ジャン=ジャック・アノーが、高解像度規格のIMAX技術による全編撮影で挑んだ意欲作だ。

 はじめに見入るのはリアリティ追求の徹底ぶりで、CG全盛のこの時代に本作は大聖堂の鐘楼や身廊の大部分、螺旋階段や屋外通路、北側翼廊通路などの実物大セットを建造し、実際に炎をくぐらせた。またこのために無数のスケッチや縮尺模型、3Dモデルが制作され、左官やガラス、鉄工や家具など各専門の職人らが情熱をもって現場再現に取り組んだ。その全編を高額の費用がかかるIMAX専用機材で撮り切るという、これらの総体が現フランス映画を代表する巨匠でなくてはなし得ない達成となっている。

 またもう一つ本作の大きな見どころは、これほどにリアリティが追求されながら同時に後半では、ジャン=ジャック・アノーがかつての作品で露わにした特有の映像世界へと貫入する点にある。たとえばイエス・キリストの頭部を飾ったとされる聖遺物《いばらの冠》の救出場面では、大聖堂深部で幾重もの鍵や防護ガラスで厳重に守られた冠が消防士二人がかりでようやく取り出されたあと、「実は本物が別の場所にあり……」とミステリアスな様相をみせ始める。消火活動により水浸しとなった地階主廊部の昏がりで、単身で探しだした聖体を両手で抱え、寡黙に闇奥へと歩み進む司祭の後ろ背など、かつてウンベルト・エーコ原作ショーン・コネリー主演の傑作『薔薇の名前』が醸した、重厚かつ異様な空気感を想起せずにいられない。

 ノートルダム大聖堂の火災時には、広がる火の手を見上げつつアヴェ・マリアなど聖歌を唄いあげる群衆の姿が国際ニュースで報じられたことも記憶に新しい。映画には市民が撮った当時の録画映像群も使用され、火災の原因をめぐる調査活動やその後の復旧活動等の成果も十全と編み込まれている。そうした質実なリサーチの反映や復旧の動きがあってこそ、ハリウッドのディザスター(災害パニック)映画を想わせさえするあざといほどの見世物化は意義をもつ。この災害が何であり、人々がどう立ち向かったかがより効果的に世へ知らしめられる。

【映画評】 ルーシの呼び声(2)『チェルノブイリ1986』『インフル病みのペトロフ家』『ヘイ!ティーチャーズ!』『ドンバス』ほか 2022年5月20日

 消防士や救命士らの奮戦が一方の主軸になる災害事故を扱う映画という点では、チェルノブイリ原発事故を扱った米資本(HBO)映画『チェルノブイリ』およびロシア資本映画『チェルノブイリ1986』が想起される。国家規模の事故を映画化するに際して、ハリウッドが機先を制すことを許さなかった点にはこれらと『ノートルダム 炎の大聖堂』との対照性をみても良いだろう。その迫真性において大きく見劣りはするものの、『Fukushima 50』もこの文脈からは相応の達成として評価し得る。

 また鐘楼を占拠する危険度不明の業火を前に、消防士が使命感から己の生命をなげうつような行動へ出る場面からは、アメリカ同時多発テロ事件の際に崩落したニューヨークのワールドトレードセンター内部の人々を描く2006年のオリバー・ストーン監督作『ワールド・トレード・センター』も連想される。ではジャン=ジャック・アノーやオリバー・ストーンに匹敵する仕方で、大規模災害/事故と対峙できる現役映画監督が日本にいるかと考えた際、潜在的ではあるにしろ真っ先に思い浮かぶ一人は濱口竜介だ。

【映画評】 不穏の残響、神戸の近代。 再監獄化する世界(3) 『スパイの妻<劇場版>』  2020年10月16日

 濱口竜介の監督近作『ドライブ・マイ・カー』や『寝ても覚めても』における東日本大震災への暗喩が決して取ってつけたものでないことは、その初期に東北へ取材した三部作をもつ彼の製作履歴をみれば一目瞭然である。殊に脚本を担当した黒沢清監督作『スパイの妻<劇場版>』で示された、関東軍の暴走の先に今日の日本社会が引きずる諸問題を予感させる終盤描写の卓越性は、今後の濱口作品においてさらなる飛躍をみせること必至だろう。

 さてノートルダム大聖堂の火災から半年後、同じ2019年の10月31日には沖縄県那覇市の首里城が焼失した。同月18日には台風19号により、川崎市市民ミュージアムで九つの収蔵庫すべてが浸水し収蔵品約23万点が損傷するなど、災害による文化財の被災が相次いだ。これらの原因究明を目指す流れや、復旧への活動もむろん周知されてはいるものの、やはり本作の再現力、起きた事実の視覚化への意志の強度には圧倒され、この彼我の差は何に由来するかを考えざるを得ない。文化財に対する態度。各々の、誇りや心の拠り所としての建築と文物への関心の深度。この意味でも、『ノートルダム 炎の大聖堂』から私たちが学べるものは少なくない。

(ライター 藤本徹)

©2022 PATHÉ FILMS-TF1 FILMS PRODUCTION-WILDSIDE-REPÉRAGE-VENDÔME PRODUCTION

『ノートルダム 炎の大聖堂』
公式サイト:https://notredame-movie.com/
4月7日(金)IMAX他全国劇場にてロードショー

【関連過去記事】

ノートルダム大聖堂 AFP通信がヘルメット姿で行われたミサを伝える 2019年7月22日

パリのノートルダム大聖堂 大規模火災で尖塔が崩壊 2019年4月17日

米同時多発テロから10年、キリスト教指導者らが声明 2011年10月1日

【本稿筆者による言及作品関連ツイート】

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