祝祭のイスラーム 「イスラーム映画祭5」主催者・藤本高之さんインタビュー 2020年3月12日

 日本では初上映となる作品も多く盛り込まれる「イスラーム映画祭」が、今春も東京・名古屋・神戸にて開催される。5回目となる今回は、さながら過去の集大成と言えるラインナップだ。本映画祭を初回から主催してきた藤本高之さんに聞いた話を基盤としつつ、ここでは全上映予定13作のうち目玉作を中心に本映画祭の概要を紹介したい。

 「映画を通じてイスラーム文化とそこに暮らす人々の暮らしを体験できる場」の創出を通奏テーマとするこの上映企画は、毎回中東を核に北アフリカから東南アジアへ連なるイスラーム圏の名作・新作映画を鑑賞する稀有な機会を提供する一方で、欧米など非イスラーム圏に根を張るムスリムの日常へ焦点化した作品も多く紹介してきた。この意味では今回、ハリウッド資本によりムハンマドの事績を描いた1976年作『ザ・メッセージ 砂漠の旋風』と同じスタッフや衣装・舞台を用いた“幻のアラブ・キャスト版”『アル・リサーラ』と、南米へ移住したレバノン移民の末裔の女性が曾祖父の足跡を遡行する『ベイルート-ブエノス・アイレス-ベイルート』が殊に注目される。

Moustapha Akkad “The Message” “الرسالة‎”

 また、地域別にみると西サハラを舞台とする『銃か、落書きか』は際立つ存在だ。1976年まで実効的にはスペイン領であったこの地域は、現在国連により「非自治地域」に指定されており、その大半をモロッコが実効支配しつつも亡命政権であるサハラ・アラブ民主共和国を84カ国が国家として承認する状態にある(2016年)。『銃か、落書きか』は、この西サハラで非暴力の抵抗運動を続ける活動家らを追ったドキュメンタリー作品で、西サハラを舞台とする長編が日本で劇場公開されるのは恐らく初めてという。

 なお過去4回の「イスラーム映画祭」から選ばれた再上映作も見逃せず、とりわけイランの伝統的な婚礼の一日を映す『花嫁と角砂糖』と、南インド農村の敬虔な老夫婦を描く『アブ、アダムの息子』は、地味ながら生涯のベスト映画に選ぶ人の多い名作だ。また新作『存在のない子供たち』が2018年の公開以降世界の注目を集めたナディーン・ラバキー監督の過去作で、ムスリムとクリスチャンが半数ずつ暮らすレバノンの小さな村の女達が宥和を目指し活躍する『私たちはどこに行くの?』も再上映される。

Nadine Labaki “Where do we go now?” “وهلأ لوين؟‎”

 イスラーム映画祭は初回から、企画実務のすべてを主催者・藤本高之さんが実質一人で担ってきた。過去日本では中東や南アジアなどを特集する映画祭を公的機関がしばしば主催してきたが、いずれも短期間で終わりがちだった。イスラーム映画祭はそれらに拮抗/凌駕する実績と存在感をすでに築き上げている。とはいえ財政的に手弁当の状態が続く上に、新型コロナウイルス禍の襲来を受け状況は甘くない。しかし藤本さんは楽天的に、「これもイスラームで言う《定命》と考え粛々と準備を進めたい」と語る。

 回を重ねるごと本映画祭が周縁分野の人的ネットワークを育んできた点も興味深い。それは今回3月の東京開催時に組まれた12本のトークセッションで登壇するジャーナリストや研究者、映画監督などの構成、開催各館にて販売予定の公式ムック執筆陣などによく反映されてきた。ムックには過去5回の全上映作解説に加え、パレスチナや西サハラ問題、マラヤーラム語映画や欧州移民映画、南米へのイスラム移民からイスラームにおける性規範/婚姻問題まで幅広いコラムが収録される。

“Iqro My Universe”

 藤本高之さんは、以前から継続の重要性を強調してきた。「毎年当たり前のように開催される存在として人々のうちへ定着することが一番の目標」だという。この意味では新型コロナウイルス騒動で休館・公開延期する映画館も多いなか、直前まで危ぶまれた今年も開催に踏み切れたことは、今後年を重ねるなかで価値をいや増していくだろう。

 このことに関連し一例を挙げれば、一昨年の「イスラーム映画祭3」で初公開された、インドネシアのプラネタリウムへ通う少女アキラを主人公とする『イクロ』の続編『イクロ2』が今回、国内初上映となる。『イクロ』初回上映時には、東京のイスラーム学校の児童たちが劇場の前列を埋め、登壇した主演女優に歓声をあげ子供ならではの素朴な質問を連発する光景が微笑ましかった。そのときその場は渋谷の歓楽街でありつつ確かにつかのまイスラーム圏でもあった。続編『イクロ2』の観客席ではこうした記憶と共に、銀幕を通して少女の成長を見守ることになる。これは筆者個人の体験に過ぎないとはいえ、こうしてイスラーム文化圏の各地域へ滞在した記憶/経験へ直に連なるものとして、本映画祭の比重は年々増している。そのようにして集合的に個々人の体験が、開催各都市の開催全日にわたり毎年現象し互いに混淆する母体として映画の上映特集企画は祝祭的に機能し、文化が差異を越境する。その総体が喜ばしい。

 グローバル化は急速な人の流動化を生じさせ、生活の端々における異文化習慣との遭遇機会は日常化し、自分たちは何者なのかという問いかけが誰しもに迫られる時代となった。ウイルスや病原菌によるパンデミックへの恐怖が引き起こす集団パニックの基底には、こうしたアイデンティティ喪失への不安が常に付きまとう。こうした時だからこそ、努めて再考の機会を得る意義は大きい。(ライター 藤本徹)

「イスラーム映画祭5」
公式サイト:http://islamicff.com/
・渋谷 ユーロスペース 2020年3月14日(土)~20日(金)
・名古屋シネマテーク 4月25日(土)~5月1日(金)
・神戸・元町映画館 5月2日(土)~5月8日(金)

「イスラーム映画祭5」上映作

【映画評】 『わたしはヌジューム、10歳で離婚した』 児童婚の実態から見える普遍性 Ministry2019年2月・第40号

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